シアター31

歌人・土岐友浩のブログです。

書評

千種創一歌集『千夜曳獏』

手にとると、信じられないほど軽い。軽すぎて、読者の心がそのままどこか別の世界へ連れて行かれそうになる。 思わず秤に乗せたら、182グラムだった。おととし出た宇都宮敦の歌集『ピクニック』は712グラムだったから、四分の一ほどの重量しかない。それほど…

吉田恭大歌集『光と私語』

学生短歌会七不思議のひとつに、早稲田大学短歌会に演劇人が多いのはなぜか、というものがある。特に吉田は短歌と演劇両方に打ち込んでいたイメージで、会うとたいてい忙しく、何かの稽古に励んでいた。六畳の白い部屋。その床面にあなたは水平に横たわる。…

奥村晃作歌集『ビビッと動く』

あとがきによれば、満八十歳を機に上梓されたという作者の第十五歌集である。二〇一四年から二〇一六年にかけて詠まれた三二〇首が収められている。鳥取の松葉蟹の子生きながら箱詰めに五尾送られて来ぬ 巻頭の連作「若松葉蟹」の第一首。二句目と四句目の最…

藪内亮輔歌集『海蛇と珊瑚』

二〇一二年に「花と雨」五十首で角川短歌賞を受賞した作者の第一歌集である。傘をさす一瞬ひとはうつむいて雪にあかるき街へいでゆく 非常に抽象的な歌だ。そしてそこに、藪内の資質がよく現れている。「ひと」とは誰なのか。親密な人物か他人か、男性か女性…

山下洋歌集『屋根にのぼる』

あしたから生まれ変わるという少女 そんな焦らんかてええねんで 生徒に「焦らんかてええ」と声をかけられる先生は、いま、どれくらいいるのだろう。生徒指導の目的が反省の言葉を引き出すことだけならば、「生まれ変わります」と言われたとき、多くの先生は…

萩原慎一郎歌集『滑走路』

プロ野球選手になれず月の夜に歌人になりたいと思う窓辺に選歌され、撃ち落とされてしまいたる歌という鳥 それでも放つ 萩原さんは一九八四年生まれで、ちょうど本誌前月号(「現代短歌」2018年4月号)で取り上げた『ナイトフライト』の伊波真人と同い年にあ…

伊波真人歌集『ナイトフライト』

無機質で静謐な印象を与える無人のガソリンスタンド。とても小さな月。画面の右端には、わずかに夜の森が息づいている。 永井博の描き下ろしだという本歌集の装画は、伊波の叙情の質をこれ以上ないほど的確に表現しているように思う。夜の底映したような静け…

足立香子歌集『蝸牛』

ああ、これは間違いなく平井弘から受け継いだ息づかいだ、と感じる。捩じ曲がるピーマンの内にいるものを見ずには食べるわけにもいかぬ真昼間にあまたの星のつぶつぶが見えたとしても慣れるまでです纏めようとするものだから翔つものはほら竜巻になってしま…